令和3年度介護保険報酬改定とこれからの介護保険

著者:【谷野会計事務所】谷野 芳枝

※こちらの情報は2021年5月時点のものです

介護保険制度が始まって20年の節目の年になりました。介護保険制度は、高齢者がより自立した生活を送れるよう支援し、家族介護者の負担を軽減するために導入されました。制度の利用しやすさから、介護が必要な多くの高齢者や家族にとって頼もしい制度へと成長してきました。他方で、このままでは制度の持続が危ぶまれていることも事実です。それは、「介護保険財源の不足」と「介護現場における労働力の不足」という二つの課題に直面しているからです。制度は3年に一度見直しがされることになっており、令和3年度報酬改定は、多くの改正案が先送りされたものの、今後、制度が大きく変わっていく転換期の始まりであることをうかがわせるものです。介護保険を利用する人も、介護事業を経営する人も、ともに今後の方向性を理解し、準備していく必要があります。

令和3年度介護報酬改定が目指す方向性の概要

新型コロナウイルス感染症が深刻化し、大規模災害が発生する中で、「感染症や災害への対応力強化」を図るとともに、団塊の世代の全てが75歳以上となる2025年に向けて、また2040年も見据えながら、「地域包括ケアシステムの推進」、「自立支援・重度化防止の取組の推進」、「介護人材の確保・介護現場の革新」、「制度の安定性・持続可能性の確保」を図ることを目指すとしています。

感染症や災害が発生した場合であっても、利用者に必要なサービスが安定的・継続的に提供される体制を構築する。

  • 日頃からの備えと業務継続に向けた取組の推進、感染症対策の強化、業務継続に向けた取組の強化、地域と連携した災害への対応の強化など

住み慣れた地域において、利用者の尊厳を保持しつつ、必要なサービスが切れ目なく提供できるよう取組を推進する。

  • 認知症への対応力向上に向けた取組の推進
  • 看取りへの対応の充実
  • 医療と介護の連携の推進
  • 在宅サービス、介護保険施設、高齢者用住居の機能や対応の強化
  • ケアマネジメントの質の向上と公正中立性の確保
  • 地域の特性に応じたサービスの確保

制度の目的に沿って、質の評価やデータの活用を行いながら、効果が科学的に裏付けられた質の高いサービスの提供を推進する。

  • リハビリテーション・機能訓練、口腔衛生の管理、栄養ケアの取組における連携とその強化
  • 介護サービスの質の評価と科学的介護の取組の推進
  • 寝たきり防止等、重度化防止策の取組の推進

喫緊で重要な課題として、介護人材を確保し、介護現場の革新に努める。

  • 介護職員の処遇改善や職場環境の改善に向けた取組の推進
  • テクノロジーの活用や人員基準・運営基準の緩和を通じた業務効率化・業務負担軽減の推進
  • 文書負担軽減や手続きの効率化による介護現場の業務負担軽減の推進

必要なサービスは確保しつつ、適正化・重点化を図る。

  • 報酬体系の簡素化
  • 評価の適正化と必要なサービスの重点化

その他の事項

  • 介護保険施設におけるリスクマネジメントの強化
  • 高齢者虐待防止の推進
  • 基準費用額(食費)の見直し

改定のポイント

自立支援・重度化防止の取組の推進

「自立支援・重度化防止」が進めば、介護保険利用者全体の要介護度の上昇を抑えることができます。そのことによって、将来的な介護給付費の削減につなげたいという狙いです。今までは、介護度が上がれば事業所にとっては収入が増えるということを意味しましたが、それが根本から変わることになりました。全ての利用者に対する医学的評価に基づく日々の過ごし方等へのアセスメントの実施、日々の生活全般における計画に基づいたケアの実施が、新たに評価されることになります。

介護人材の確保・介護現場の技術革新の推進

介護現場は深刻な労働力の不足に悩まされています。介護サービスの質の向上及び業務効率化を推進するため、見守り機器の100%導入やインカム(相互通信機器)等のICTの使用、安全体制の確保、職員の負担軽減等を要件として、人員配置基準を緩和したり、職員体制等を要件とする加算においてテクノロジー活用を考慮した要件を導入したりします。これらの導入が進めば、人の力に頼っていた、今までの介護の在り方が変わってくることが期待できます。

地域包括ケアシステムの推進

今後増加が見込まれる認知症への対応力の向上に向けた取組、看取りへの対応の充実、医療と介護の連携などの推進が図られます。人としての尊厳を維持しながら、住み慣れた地域で終末期を迎えることが出来ることを目指します。

これからの介護保険制度

今回の改正では、最大の焦点だった利用者負担の見直し(自己負担を2割にする、もしくは2割の層を拡大するなど)については、現状据え置きとなりました。しかし、今後、自己負担が1割から2割になれば、家計から出費する毎月の介護費は倍になります。誰もが要介護状態になるわけではありませんが、いつ始まり、いつ終わるか分からないのが介護です。長期化することを見越して老後の計画を立てることが重要です。介護が長期化した場合、貯蓄が底をつく可能性もあります。出せなくなった場合は子どもが負担せざるを得ませんが、極力避けたいことです。できることなら、介護保険を使わず自立した生活を送れるように準備することが、一番良いことです。そのためにも、自分の住んでいる地域の市区町村が地域の実情に応じた総合事業(介護予防・日常生活支援総合事業)を行っていますので、それらを事前によく調べておきましょう。
一方で介護保険事業所にとっては、今後IT化は必要不可欠になってきます。実効的な取組をするための準備が必要です。また、政府は『2040年を展望した社会保障・働き方改革本部』を設置し、医療・介護施設経営の大規模化や協働化、あるいは互いの連携などを推進するとしています。業界再編の大きな波が押し寄せてきていますので、動向を注視していきたいものです。