親族内承継について 1

著者:【弁護士】吉川 法生

※こちらの情報は2020年1月時点のものです

現経営者の子をはじめとした親族である後継者に経営を承継である親族内承継は、内外の関係者から心情的に受け入れられやすい、後継者の早期決定により長期の準備期間の確保が可能である、相続等により財産や株式を後継者に移転できるため所有と経営の一体的な承継が期待できる、とされています(事業承継ガイドライン)。

他方、親族内承継では、相続等による株式・事業用資産の承継に伴う分散防止や税負担への対応、あるいは、債務の承継に関して、課題が生じやすいとも指摘されています(事業承継ガイドライン)。

今回と次回において、

  1. 人の承継
  2. 財産の承継―税負担への対応
  3. 財産の承継―株式・事業用資産の分散
  4. 事業承継を円滑にする手続―種類株式の利用
  5. 債務・保証・担保の承継
  6. 資金調達

について、ご説明します。

1.人の承継

事業承継ガイドラインでは、親族内承継における人(経営)の承継のための重要な要素として、①後継者の選定・育成(後継者候補との対話、後継者教育)、②親族等の調整、③従業員・取引先・金融機関との事前協議、④承継の実行を掲げています。

2.財産の承継―税負担への対応

親族内承継においては、一般的に、先代経営者から後継者に対し、株式や事業用資産が贈与や相続により移転する方法が用いられますが、その場合、後継者に贈与税・相続税が課されます。しかし、承継直後の後継者には資金力が不足していることが多く、調達能力も低いため、会社財産が納税資金に充てられるなど、経営に悪影響を及ぼしかねません。したがいまして、これらの税負担への対応に迫られることになります。

平成20年に成立した中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(以下、「経営承継円滑化法」といいます)に基づき、事業承継税制の特例制度が創設されました。

その後、平成30年の改正により

  1. 現経営者からの贈与や相続により取得した株式の全てにつき、贈与税・相続税の納税が猶予及び免除されます。
  2. 親族以外の者を含む複数の株主から後継者複数(最大3人)への承継も対象となりました。
  3. 後継者の自主廃業や売却を行う際、経営環境の変化を示す一定の要件を満たす場合において、事業承継時の価額と差額が生じているときは、売却・廃業時の時価を基に納税額を計算し、減免可能となりました。

3.財産の承継―株式・事業用資産の分散防止

一般的に、会社において、承継後の後継者が安定した経営基盤を確保するには、株式(議決権)の少なくとも過半数、できれば3分の2(特別決議)を確保したいところです。また、不動産等の事業用資産の分散も避けたいところです。

しかしながら、親族内承継において、何の準備もないまま先代経営者が死亡した場合、複数の相続人に株式や事業用資産が分散してしまうことがあります。また、最終的な遺産分割が終わるまでに相応の時間がかかることもあります。

そこで、事業承継ガイドラインでは、株式や事業用資産の分散を防止するための事前の対策として、

  1. 生前贈与
  2. 安定株主の導入(役員・従業員持株会、投資育成会社、金融機関、取引先等)
  3. 遺言の活用
  4. 遺留分に関する民法特例

を掲げています。

このうち、④について、ご説明します。

民法上、遺族の生活の安定や最低限度の相続人間の平等を確保するため、相続人(兄弟姉妹を除く)に遺留分(遺産の一定割合を確保しうる地位)が保証されています。しかし、①生前贈与や③遺言の場合、後継者以外の相続人(遺留分権利者)の遺留分を侵害することがあり、その場合に遺留分減殺請求権を行使されると、株式等が分散してしまうというリスクが生じます。

そこで、このような遺留分の問題に対応し、円滑な事業承継に資するため、平成20年5月に創設されたのが経営承継円滑化法の民法の特例(以下単に、「民法特例」といいます)です。

この民法特例では、「除外合意」や「固定合意」により、遺留分減殺請求による株式等の分散の防止や、後継者の努力による自社株の価値上昇分の保持等を可能としています。

  • 「除外合意」とは、対象自社株の価額を遺留分算定の基礎となる財産の価額から除外する旨の合意(経営承継円滑化法4条1項1号)。
  • 「固定合意」とは、対象自社株の遺留分算定の基礎財産への算入価額を当該合意時の時価(ただし、弁護士、公認会計士、税理士等によって「相当な価額」として証明されたものに限る)とする(固定する)旨の合意(経営承継円滑化法4条1項2号)。

これら合意を利用するためには、現経営者の生前に経済産業大臣の確認を受け、家庭裁判所の認可を受ける等の一定の手続が必要です。