新設された配偶者居住権のメリット・デメリット

著者:【谷野会計事務所】谷野 芳枝

※こちらの情報は2021年3月時点のものです

配偶者居住権とは、被相続人が亡くなった場合に、その配偶者が引き続き被相続人と共に暮らした家に住むことができる権利を言います。配偶者が、長年住み慣れた我が家で暮らしたいという希望を叶えることが出来るように、2020年4月から改正民法が施行されました。今回は、この新しい権利のメリットやデメリットについて解説いたします。何より大事なことは、先々のことまで考えたうえで、この権利を使うかどうかを判断することです。なお、遺産分割協議により自宅建物の取得者が確定するまでや、相続開始の日から6か月間などに限って、配偶者が引き続き自宅に住み続ける権利を認める配偶者短期居住権も新設されましたが、ここでは原則として終身住み続けることができる配偶者居住権について述べます。

配偶者居住権のメリット

1.現在の家に無償で終身住み続けることができる
被相続人が亡くなった後、遺言が無い場合には、法定相続分にもとづき、全相続人による遺産分割協議によって(協議が調わなければ家庭裁判所の審判によって)、相続人各自が相続する財産を決めることになります。夫婦で持ち家に住んでいた場合に、持ち家も財産の一つとして分割協議が行われますので、相対的に価値の高い持ち家を相続してしまうと老後の資金が手元に残らないなどの事情により、配偶者がその家に住み続けられなくなることも生じます。そのような場合に、持ち家の所有権は他の相続人に取得してもらうけれども、配偶者が死亡するまではその家に住み続けられるようにする権利を設定し、これを取得するのが配偶者居住権です。

2.持ち家以外の財産の取得が可能になる
相続財産は、法定相続分(配偶者に財産の1/2、残り1/2を子供が等分)にしたがって分けるのが原則です。例えば、夫が2,000万円(自宅1,000万円、預金1,000万円)の財産を遺して亡くなり、妻と子供1人が遺産を相続するとします。この場合、遺産の1/2にあたる1,000万円ずつを妻と子供が取得することになりますが、妻が自宅を相続した場合、預金を受け取ることができなくなってしまいます。そのため、老後の資金が必要な場合には、妻は自宅を処分せざるをえないという問題に直面します。このような不都合を回避したいときに、配偶者居住権を取得することによって、現預金の取り分が少なくなってしまったり、次に述べるような代償金を支払わなければならないといった問題を解決することができます。

3.代償金リスクが減る
自宅不動産の評価額が配偶者の相続分より多い場合、配偶者は自宅を相続することによって、他の相続人に対し代償金を支払う義務を負うことになります。たとえば先の例で、2,000万円の遺産のうち自宅不動産が1,500万円を占めているというような場合、配偶者の相続分は1,000万円ですので、自宅を相続すると500万円余計に相続することになります。配偶者がそのまま自宅の取得を希望した場合、余分に相続した500万円を子供に代償金として支払わなければなりません。そのような場合に、配偶者居住権を使えば、自宅不動産の所有権より取得する財産の価額が下がりますので、代償金を支払わずに済むか、少なくて済むということになります。

配偶者居住権のデメリット

1.不動産の譲渡・売却等はできなくなる
配偶者居住権はあくまで「家に住む権利」であるため、不動産所有権のように物件を他に譲渡したり、売却したり、所有者の許可なく賃貸したりする権利はありません。もし将来老人ホームに入居するから自宅を売りに出したいと希望しても、配偶者自身が自宅を譲渡・売却することはできません。
さらに、配偶者が他に住み替えるなどの事情により権利の放棄をするという場合には、自宅の所有者となった子供に対してみなし贈与をすることになり、贈与税が課税されるリスクも生じます。他方で、自宅の所有権を取得した子供は、居住権を持つ被相続人の配偶者が死亡しない限りは事実上譲渡・売却ができないことになります。

2.登記が必要
配偶者居住権の設定された建物を買う人はあまりいないとは思われますが、自宅を相続した子供が他に譲渡してしまう可能性がないとは言い切れません。そこで、自宅の所有権を後に取得する第三者に対しても配偶者居住権で対抗するためには、配偶者居住権の設定登記を直ちにしておくことが不可欠となります。

3.固定資産税や修繕費の負担
固定資産税は、不動産所有者に課税されることになっています。また、建物の修繕費も、建物の入居者が修繕をしなければ、所有者が修繕するしかありません。ただし、改正民法では、配偶者居住権を取得した者は、居住する建物の通常の必要費を負担する義務を負うことになっています。固定資産税や建物の修繕費もこの必要費に含まれますので、最終的には配偶者居住権の取得者が負担することになります。もし配偶者居住権の取得者が自主的に支払いをしてくれないようであれば、建物所有権を取得した者がこれらの支払いをしたうえで、配偶者居住権の取得者に求償することになります。
他方で、敷地の固定資産税については、必要費に含まれるか否かについて解釈に争いがあり、原則として敷地所有権を取得した者が負担するとの解釈もあります。
そのため、配偶者居住権を設定する遺産分割協議や遺言においては、あらかじめ建物や敷地の固定資産税及び修繕費などの負担者とその負担方法を決めておいた方が、後日の無用なトラブルを防止できることになります。

4.配偶者居住権を利用できるのは法律上の配偶者のみ
配偶者居住権はあくまで被相続人の配偶者が利用できるものですので、事実婚や内縁配偶者の場合には対象外となります。

配偶者居住権を取得するには、配偶者に配偶者居住権を遺贈する旨を被相続人に遺言してもらうか、あるいは遺産分割によります。なお、遺言による場合は相続ではなく遺贈になります。配偶者が配偶者居住権の取得を望まない場合に、相続であれば相続放棄するとすべての財産を放棄することになりますが、遺贈であれば配偶者居住権だけを放棄することによって、他の財産は相続することが出来るからです。また、20年以上の婚姻期間がある配偶者に配偶者居住権を遺贈した場合は、被相続人が異なる意思表示をしていない限り、みなし相続財産への持ち戻しを免除したものと推定され、相続財産にカウントされないことになりますので、その余の遺産を分割する必要がある場合に、配偶者に有利となります。

配偶者居住権は、まだ始まったばかりの制度ですし、その成立要件や財産としての評価方法は複雑ですが、今後の相続に大きな影響が出てくる改正といえます。将来をよく考えて上手に利用したいものです。